想像で宇宙を超える

MANGA Performance 「W3」劇評 2018.3

しとしと、ザーザー、ポツポツ。

単純な言葉の繰り返しで、私たちは窓の外がどうなっているのか分かる。幼い子供が歩くときに「よちよち」と音は立たないし、「ぱくぱく」と言いながらご飯を食べることもないけれど、言葉と行動は繋がっている。一つ一つ教えられることもなく自然と身につき、存在しないような擬音を使ってもなんとなく伝わる。

私たちは想像できる。


白黒の大きな絵に挟まれた階段の先には青い光で満たされた入口が待っていた。席に座ると私たちは裁判員であることを知らされる。聞いたこともない言語によって、会場は地球上から切り離され宇宙空間へと広がった。


手塚治虫の初期作品である漫画「W3」は当時の少年たちを熱狂させた。その人気作品が、親子の世代を超え、エンターテインメント"MANGA Performance”として蘇った。瞬きする暇も与えられずに生身のダンスやマジックが繰り広げられる。縦横に線が引かれた舞台上の壁は、コマ割りになって、窓になって、私たちをあっという間に様々な時間や場所に連れ出す。青や白のシンプルな衣服に身を包んだ四人の役者は舞台上を駆け回り、宇宙をも作り出した。物語を彩る音楽と文字、縦横無尽のプロジェクションマッピングは、漫画そのものであり、それ以上だった。


196X年、地球では戦争が絶えず、水爆実験も行われている。銀河パトロールの3人組は、銀河系の優れた生物が集った「銀河連盟」に、地球を調査するよう命令され、彼らW3は動物に姿を変えて地球に潜り込んだ。「地球人がよい人間かどうか」の判断と地球破滅の選択肢は彼らの手によってテーブルに置かれた。とある漫画家の男・真一とW3は彼のアパートメントで冷徹なA国のスパイと遭遇し、期せずして人類の存亡を揺るがす大事件に巻き込まれた。スパイの車をタイヤに乗って追いかけ回し、振り回される刃物に迫られる。地球人は野蛮なのか、地球は存続すべきなのか。追い回される真一が手に持つ紙には何が描かれているのか。セリフのない舞台上には、膨大な「意味」が存在していた。2017年、「意味」は私たちに手渡された。


今、めま苦しく変化する世界の情勢はまるで他人事のよう。しかし、私たちは、繰り返されるひらがなに情景を見出し、静止した漫画に激しいバトルを見る。見聞きした物そのものに捉われないで、私たちは想像できる。戦争によって訪れる未来も、私たちには見えるはずだ。見えたら、さてどうしよう。W3の様に果敢に駆けまわることはなくとも、宇宙を作り出すことはなくとも、一歩足を前に動かすことは出来るかもしれない。


▼公演情報

http://www.manga-p-w3.com/

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